10/3-10/4(金) イタリアで家探し
夫とミラノで合流し、イタリアの不動産仲介業者を頼って家探しをする。
案内してくれるのは、30代前半くらいの二児の母のイタリア人女性。とってもユニークな人と表現しておきましょう。
まず、話すのが恐ろしく早い。YouTubeの音声を2倍速にしたようなスピードで英語を話す。イタリア語なんかは、なんかの呪文でも唱えているのか?と思うほど早く話す。数時間、めちゃくちゃ早い英語を聞き続けていると、ぐったりしてくる。
車を運転しながら、ここのシーフードはおいしいとか、ここのスーパーは安いとか、ここのサンドイッチはどうだとか、たくさん教えてくれるのだが、喋るのが早すぎてメモができない…。
そして、遊園地のゴーカートでも運転しているかのような軽いノリで、車を運転する。ミラノっ子の彼女にとってはどこも自分の庭らしく、細い道をスイスイと走り抜けていく。豪快なUターン、華麗な縦列駐車(私には絶対ムリ)、駐車スペースがないからと、道のど真ん中に車を置いてしまう大胆さ。どれも真似できない。
それに、我々を案内している最中でも、運転しながら私用の電話をし始める。なんでもスイスで不正にクレジットカードを使われたとかで、カード会社と電話をしていた。運転がさらに雑になり「早くおろしてくれ!」と、私は冷や冷やしていた。
ヒィー!と思うことは多々あるのだが、とても親切だ。イタリアの習慣などを教えてもらえるのはありがたかったし、時間を潰すのに喫茶店のような場所へ連れて行ってくれたりもした。

朝はカプチーノを飲むらしく、紅茶は飲まないのかと聞くと、
「紅茶は熱くて飲むのに時間がかかる。カプチーノはぬるいから、さっと飲める」
とのこと。いらちのようだ。
イタリアのアパートのエレベーターは、日本のそれの4分の1くらいのスペースしかなくて、信じられないくらい狭い。4人乗ったらきゅうきゅうで、非常に不愉快なレベルである。こんな狭いスペースでも、イタリア人女性同士はぺちゃくちゃとよく喋る。
イタリアのエレベーターはなぜこんなに小さいのかと聞くと、
「昔の建物だから、大きなエレベーターを作るスペースがないのよ」
らしい。確かに内覧したアパートはどれも古そうで、歴史を感じた。
2日間で、約6軒のアパートを見て、まずまずのものが見つかった。夫に物件探しを任せなくてよかったと思う。やはり、自分の目で見て、納得の上で住まいを決めることは、異国生活を気持ちよくスタートさせるために重要である。
これにて、今回の旅のミッションは終了!
世界一周の残り半分は、イタリア引越し後の楽しみに取っておく。
イタリアに飽きてきた頃、まだ行けていないポルトガル、モロッコに行き、キューバかペルーかアメリカ大陸にわたり、そこから日本に帰ることで、世界一周を達成させることにした。
10/1-10/2(火) 旅の中断
ブダペストでひいた風邪が治ってきたと思っていたのに、イタリアに来てから、また体調を崩してしまったようだ。
今度は激しい下痢。
辺鄙なところに滞在しているせいで、アジア料理屋が近くになく、パンやらパスタやらばかり食べていたら、お腹を壊してしまった。イタリア料理はおいしいのだけれど、圧倒的に野菜が不足するうえ、小麦製品は体を冷やす。
なぜか夜も何回も目が覚めて質の良い睡眠を得られないので、体力を回復できない。
(一旦、帰るか…。世界一周の中断ということにしよう)
次はモロッコへ行く予定だったが、この調子では楽しめそうにない。
それに、夫の仕事の都合で、イタリアへの引っ越しが11月末に早まってしまい、急に日本の生活が恋しくなってしまった。
もともとは12月の初旬だったから、あまり変わらないと言えば変わらないのだが、なんだか急に自分の日本の生活が失われる焦燥感にかられて、早く日本に戻りたくなった。
日本での生活も、あと2ヶ月弱…。終わりが見えると、当たり前に送っていた自分の日本の生活が突然いとおしく思えてくる。
毎日、餌をやっていた地域猫と過ごす時間、月1回の傾聴スタッフのボランティア、通っていたチベット仏画教室や猫カフェ、行きつけの美容院での店長さんとの楽しいおしゃべり、近所の接骨院や銭湯、うまい海鮮居酒屋、実家で過ごす家族水入らずの時間や、たまに会う友人との時間。

私は世界一周しながらいろんな国を見て、もしイタリアについていかないとしたら、自分はどこでどんなことをしたいのかを探す予定だった。
これまで25ヶ国訪問した経験と、今回トルコ、ハンガリー、イタリアまできて思うことは、やはり暮らすのは日本が1番いいということだった。
食生活にも言語にも困らないし、トイレの水が流れなくなることもないし、ぼったくられることもない。マナーの悪さに苛立つことも、さほどない。こんなに話す人がいなくて、孤独感に陥ることもない。
なんでもいいから人間らしい仕事を見つけて、どこか日本の自然の多い場所で、猫とでも暮らせればもうそれで充分幸せなのかもしれない。
今まで私は、日本でもうすでに幸せを手にしていたのに、それに気づかなかっただけなのかもしれない。
それに気づかせるために、今回、神様は私をこんなに体調不良にしたのではあるまいか。
9/30(月)ミラノはドゥオーモを拝んで
僻地みたいなところに泊まってはいるものの、せっかっくミラノに来たのだから、ミラノのシンボル『ドゥオーモ』を拝みに行くことにした。
『ドゥオーモ』は、建築に500年をかけたイタリア最大のゴシック教会。
建築や教会に関する知識はゼロの私でも、初めて見たとき、その美しさに息を呑んだほどだった。
僻地からせっせと地下鉄を13駅も乗り継ぎ、やっと街の中心地にやってきた。
(うわぁ、相変わらず綺麗やなぁ)

何回見ても、美しいと思う。精巧な作りや青空に映える白い壁、しかも大きく存在感がある。ミラノに住んだら、ここに来放題になるんだなぁ。
続いて、高級ブランドのショッピング街を歩く。このアーケードの作りもまた、しゃれている。なんだか美術館の中にいるみたい。

プラダ、ヴィトン、ディオールなど、名だたるブランドのショップが連なり、おしゃれなレストランやカフェが併設している。ジェラートを店頭で販売しているスタッフでさえ、粋なジャケットを着てネクタイをしめているではないか。
この辺りの客は服装もおしゃれで、ユニクロのシャツにジーンズ、リュックの私は肩身が狭い。ミラノで暮らすようになったら、1回くらいはおしゃれをしてここで優雅にアフタヌーンティーでもしてみたいものだ。プラダやヴィトンといった店に入ることはないだろうが・・・。
さて、これからどうしようか。
私は7月にすでにミラノ観光をしてしまっているので、今さら行きたいと思う場所もあまりない。それに、観光地は人が多くて疲れる。
地元っ子が過ごすような、観光客のあまりいない静かな場所へ行きたのだが、外国人の私にはそれがまだどこなのかわからない。
チーン。
ミラノ観光終了。
引越しした後に、ブラブラしながらゆっくりお気に入りの場所を見つけて行くか。
#海外旅行 #イタリア #ミラノ
9/29(日)イタリアの工業地帯での平和な1日
(おいおい、一体どこに連れて行く気や…)
タクシーは高速道路を降りると、枯れたトウモロコシがぼうぼうと生えわたる畑を横切り、工業地帯のような所に入って行く。
(ほんまにここ、ミラノなんか⁈)
以前、ミラノを訪れた時に見た、石造りの美しい建物も、路面電車も、おしゃれなカフェも何もない。あるのは、バカでかいスーパとどこかの会社の工場のようなものだけ。
そんな辺鄙な場所で、私はタクシーを下ろされた。
今回は便宜上、後からイタリア入りする夫と同じホテルに滞在することになっていた。引っ越しするまで夫が月1回の出張中に使っているホテルで、田舎にあるとは聞いていたが、ここまでとは…。
しかし、幸いにも、ブダペストからの移動で疲れた私には、この田舎がよかった。周りに見るべきものは何ひとつないので、ゆっくり過ごして疲れを取ることができた。
朝はホテルで洗濯をして、昼過ぎに近くの地元住民御用達のレストランへパスタを食べに行った。
私のシーフードパスタが運ばれてきた時、ムール貝とパセリのいい香りがふわっと漂って、食欲をそそった。
薄味のトマトソースなのだが、とてもおいしい。自家製麺だという麺は、パスタというより、うどんに近い太麺。もっちりしている。
レストランで、3歳くらいの男の子を見た時に、イタリア人は小さい頃から、こんなおいしいものばかり食べて…と羨ましくなってしまった。

ホテルで昼寝をしたら、夕方はスーパーで買い物だ。
大型スーパーなので、色々売っていて、見るのが楽しい。ワインコーナーへ行くと、見たことのない種類のワインが並んでいるではないか。値段も、1ユーロから45ユーロくらいのものまで幅が広く、一体どれを買えばいいのかわからない。
とりあえず、1ユーロの紙パックの赤ワインを買ってみる。
言語のわからない国での買い物は大変だ。ボディクリームを買いたくても、イタリア語しかなくてわからない。あやうく、間違ってコンディショナーを買うところだった。
量り売りの惣菜を買おうにも、システムがわからない。店員さんに英語で
「すみません、どうやって買ったらいいですか?」
と聞いたら、英語で、欲しいものをパックによそいますから、教えてくださいと親切に対応してくれた。
セルフレジもイタリア語しかなく、勘で操作していたら、途中で何回か画面が何を言ってるのかわからず、先に進めない。
「ん〜〜⁈」
などと日本語で唸っていたら、後ろに並んでいたお姉さんが何回も助けてくれた。
「時間がかかってしまって、すみません」
と言うと
「急いでいませんから、大丈夫です」
と言ってくれた。
異国での親切が心に沁みる。
ミラノなら、なんとか暮らしていけそうな気がした。
#海外旅行 #イタリア #世界一周
9/28(土)パプリカからチャオの国へ
ブダペストを去る日は、冷たい雨だった。最後に少し外を散歩しようかと思ったが、風邪が悪化するといけないので、ゆっくり荷造りをしながらハンガリーの旅を終えることにした。
10時50分。さて、そろそろ行くか。
(ありがとうね)
泊まっていた部屋にそう呟いて、レセプションへ向かった。ここのホテルは四つ星だけあって、本当に快適だった。
赤を基調とした品のあるレトロなインテリアに、きちんと教育されたスタッフ。ホテルの目の前に地下鉄があるので、疲れたらいつでも戻ってこられた。近くにはタイ料理屋と中華料理屋もあり、体調の悪い時にアジア料理を食べられるのはありがたかった。
もしまたブダペストに来ることがあれば、次も「Danubius Hotel Astoria」に滞在したい。

海外で空港行きのタクシーを手配してもらう時は、30分遅刻してきても間に合うように、早めに時間を見積もっていたが、ブダペストではそんな必要はなかったようだ。
きちんとロビーで時間通りにドライバーは待っていて、スーツケースまで運んでくれた。携帯電話をいじらずに運転に集中し(新興国だと運転しながら誰かと電話をしたり、メールの返信をしたりする)、空港で駐車場所を探す手前で、料金メーターを止めた。まるでMKタクシーのような対応に私は感動して、チップをはずんだ。
ブダペストでの滞在中は、風邪をひいたこと以外は、何の問題も起こらなかった。海外旅行をしているとトラブルはつきもので、トイレをはじめとするホテルの何かが壊れたり、ぼったくりにあったり、下痢になったりするのだが、そういった海外旅行あるあるがまったくなかった。
それに、私が接した範囲のハンガリー人は、どこか日本人に似ているふしがあった。控えめで、礼儀正しく、真面目に私の目には写った。列に並ぶとき、エレベーターに乗り込むとき、道でかちあったとき、ハンガリー人は日本人のように、どうぞどうぞお先にと一歩下がる感じだった。地下鉄の切符を買うのに困っていると、スッと助けてくれた。
(ガチャガチャと騒がしいイスタンブールで暮らすのは無理だが、ブダペストなら暮らせるかもしれないな)
などと思いながら、ミラノ行きの飛行機に乗り込んだ。
ミラノ行きの飛行機の中で、今年2月に世界一周に出ようとしていた時のこと思い出していた。
2月21日にシンガポールを皮切りに、タイ、インド、トルコ、モロッコ、キューバ・・・と、世界一周をする予定だった。しかし、その出発の前日に、夫から突然イタリア赴任になったと聞かされ、私は一気に精神的に不安定になった。
英語圏ならともかく、イタリアって・・・。英語圏のシンガポールで暮らしていた時でさえ、あれだけ孤独だったのに、言語の通じない国で暮らすなんて信じられない。
きっと夫は仕事で忙しく、私は誰とも繋がれないま独りぽつんとイタリアの街に放り出されて、アジア人差別も受けて、うつ病になって、離婚に至るのに違いない。
という妄想が一気に出来上がり、私を支配した。
そして、世界一周に出る日の朝、不安を抱えきれずになった私は、夫を責めて立てた。
「私のことなんか放っておいて、そうやってずっと自分のキャリアばかり、追求していけばいい!!」
この日、シンガポールへは飛んだものの、精神的に不安定で旅行などできる状態になかったので、結局、日本へ引き返した。
あれから半年が経った今、あんなことを言って申し訳なかったなと思う。
夫は夫でいろんな不安や心配、プレッシャーがあったのに違いない。そこに私がさらに打撃を加えたようなものだった。
7月に初めてミラノへ行ったのだが、素敵な街だった。人はフレンドリーかつ親切で、この時はアジア人差別は受けなかった。英語がほぼ通じたので、言語の問題は大きくなさそうだった。アジア人だけでなく、南米や中東などさまざま国の移民が多いことも魅力的だった。
そんなこと回想しているとあっという間にミラノに着いた。
飛行機から降りるときに、キャビンアテンダントが言った。
「サンキュー。チャオ」
あぁ、私はイタリアに来たのだ。
9/27(金)ブダペスト夜景の悲劇
9月26日の夕方。風邪もだいぶ良くなったし、ブダペストの滞在日数はあと2日なので、今夜こそ『ドナウの真珠』と言われる夜景を見に行く。
ホテルから地下鉄に乗って2駅。ライトアップされた国会議事堂が真正面から見られる、川辺のバッチャー二広場にやってきた。私と同じように夜景を見にきた人がわんさかいて、みんな、写真を撮ったりベンチに座っておしゃべりしたりしながら、暗くなるのを待っている。

私はYoutubeでブダペストの夜景を見たことがあるのだが、まぁ、それ美しかった。特にライトアップされた国会議事堂の美しさと言ったら。ぜひそれを直に見てみたかったのだ。
時刻は18時半。日は落ち、薄暗くなってきた。オレンジ色の暖かな色の街頭ランプが、一つ二つと灯っていく。遠くに見える吊り橋がライトアップされ、ドナウ川ではクルーズが始まった。国会議事堂は、一部の小さな明かりだけがそっと灯ったが、建物全体はまだライトアップされていない。

19時半。まだ国会議事堂はライトアップされない。ネットで調べてみると、ライトアップされる時刻は決まっていないのだそう。では、ライトアップ担当の人は、何を基準に点灯スイッチを入れるのだろうか。もし担当者が点灯し忘れて帰ってしまったら?

などと、川辺のベンチで座りながら想像を巡らせ、まだかまだかとライトアップを待った。しかし、待っても待ってもライトアップされる様子はない。
自転車で乗り付けてきて、ライトアップを待っていたお兄さんは痺れを切らせて帰ってしまった。コーヒー片手におしゃべりしながらライトアップを待っていたカップルも諦めて、去っていった。近くにいた韓国人のおばちゃん2人組は時間を持て余し、韓国の家族と電話し出した。横に座っていたカップルは次第に無口になり、どこかへ行ってしまった。
おい、ライトアップ担当よ。これだけの人を待たせているのだぞ。見たか?何人もがっかりして帰っていった様を。一体いつ点灯するんだよ・・・。
(もう無理、寒すぎる)
18時半から20時過ぎまで待っていたが、これはライトアップされる気配が全くない。風邪が悪化するといけないので、また明日来ることにした。
9月27日。今日がブダペスト滞在最後の日。
21時に行けば、きっとライトアップされているだろう。地下鉄に乗って、期待に胸を膨らませて地上に出ると
(!!)
まだ国会議事堂はライトアップされていないじゃないか。
クックックッ。一体なんなのかわからない笑いが込み上げてきた。
今日もまだかまだかとたくさんの人がライトアップを待っている。しかし、ライトは灯らない。
寒い中、川辺に突っ立って待っていたら、尿意をもよおしてきた。まずい。ここには、日本のようにトイレにサッと入れるようコンビニもなければドラッグストアもないのだ。地下鉄の構内に戻り、なんとか有料トイレ(100円もする)を見つけてことなきを得たが、寒いので長居していると、また同じことになる。もうブダペストの通貨は使い果たしてしまったので、トイレにも入れない。
(はぁ・・・帰るか)
一体何時にライトアップされるのかわからないので、21時半にとうとう諦めて帰った。地下鉄の構内に降りるまで、3回くらい、ライトがつきやしないかと国会議事堂をちらちらと振り返ってみたが、薄暗い建物がそこにあるだけだった。
「人生は思い通りにいかない」ということだろうか。
ブダペストに来て、風邪をひいたと同時に生理が来て、思うように動けなかった。ずっと体調が悪いままだった。
ヨーロッパ最大級のセーチェ二温泉にも行けなかったし、ドナウの真珠も見られなかったが、それでもブダペストにこられて良かったと思う。美しい街並みに見とれ、市場を散策し、名物のパプリカ料理も堪能できた。それで十分じゃないか。
さて、明日はミラノへ移動し、新居の内覧が待っている。
もうすぐ引っ越しして、自分が暮らす街。あちこち散策しながら、新しい生活がどんなものになるのか思いを馳せてみたい。
9/26(木)これは楽しい♪ブダペスト中央市場の散策
「ホテルでも、お気に入りのカップで、好きなお茶を飲んでホッと一息つきたい!」
と思い、可愛いカップをブダペスト中央市場へ買いに行くことにした。
旅行期間が長いと、ホテルの白いカップはなんだか味気なくなってくるのだ。
ブダペスト中央市場には、野菜や果物、肉、チーズなどの販売に加えて、雑貨やいくらかの飲食店もあり、かなり広い。これはぶらぶらするだけでも、結構楽しそう。

まず八百屋ゾーンを歩く。
さすがパプリカの産地。赤や黄色のほかにも、白いパプリカも売られている。白いパプリカの味が気になって、1個だけ購入。しかし、どうやって食べよう。
雑貨ゾーンには、バッグや食器、刺繍を施した布製品が売られていた。
パプリカの形をしたカップや、何に使うのかわからないけれど、ただ置いておきたくなるような、ヨーロッパテイストの可愛らしい雑貨がたくさんある。

もしブダペストで旅行が終わりならいろいろ買って帰りたいのだが、今回は、割れない素材のカップだけを購入して我慢することにした。
続いて、ハチミツを売っているお店を発見。喉がまだ痛むので、1つ買うか。可愛らしいお姉さんが、4種類のハチミツを試食させてくれる。ラベンダーやリンデル、数種類の花がブレンドされたもの、ACACIAという聞き慣れない白い花の風味のハチミツ。
(!!)
どのハチミツも味が全然違う。ラベンダー風味のするものから、日本のスーパーで買っていたものに近い味、すごく濃厚なものまで、ハチミツがこんなに美味しいものだとは知らなかった。
ラベンダーとACACIAという花の風味のハチミツを購入。2個で約800円。すごく小さいサイズだけど、悪くない値段だと思う。
ハンガリー人のお姉さんにどうハチミツを食べるのかを聞くと
「お茶やコーヒーに入れたり、パンを焼くなら砂糖の代わりに使ったりします。ラテやカプチーノに入れても美味しいんですよ。結構、何にでも使えるんです」
とのこと。そのまま食べてもかなり美味しかったので、パンにつけて食べてみたい。
さて、お待ちかねのランチタイム。まだ11時なのだが、早めの昼食にすることにした。というのも、月曜日、13時くらいにきた時には、お盆のディズニーランドくらい混んでいて、席が空きそうになかった。さすがにこの時間なら、店はガラガラだ。
ハンガリー料理が食べられる、セルフ式の店に入る。
お盆をもってショーケースに並ぶ料理を注文するようで、列に並ぶ。注文するのにまごついているお客さんに店員さんが
と聞いていた。すごいなぁ、この人はハンガリー語が母語なら、4ヶ国語も話せるんだ。
私が注文する番になり、携帯電話でハンガリーの名物料理というスープの写真を見せて、これが欲しいと言ったら
「何それ?」
と言われて焦った。
英語名を文字で見せたら、あ〜あ、これね。なんか別の料理かと思ったわとのこと。
辛くしますか?と聞かれて、即座にNO!と答えた。今朝からお腹がゆるくて、いつ緊急事態になるかわからない状態なのだ。
私の注文した『Goulash Soup』というスープは、具をやたらと細かく切って、塩を多めに入れたビーフシチューのようだった。
昨日、食べた中華の油が悪かったのか、胃が少しキリキリと痛むので、暖かいスープを食べられるのは助かる。お腹がピーっ!!とならないように、持参した白湯を飲みながら、ゆっくりと食べる。

ところで、パプリカ味のポテトチップスまであるというので探したのだけれど、市場にもスーパーにもなかった。本当にそんなもの存在するのかね?
部屋で調達した物を広げて、にんまりする。
今夜こそ、夜景を見に行けるのといいのだが。
