桃源郷はまだ遠い

人生の午後を自分らしく下るまでの記録

9/22(日)イスタンブールの5日間は一体何だったんだろう

日本を出てからはや1週間。イスタンブールに5日滞在し、昨日、ブダペストにやってきた。久々に湯船に浸かれて筋肉が緩んだからか、やっとまともに寝られたような気がする。

ここまで、色々ときつかった。

まず関空からイスタンブールまでの12時間のフライト。

今回は韓国経由で飛んだのだが、まぁ、41歳の体にはこたえた。韓国に1時半ほどで到着し、乗り換えのために広い空港内を長いこと歩いて、イスタンブール行きのフライトゲートで搭乗を待っている時に、もうすでに疲れが出ていた。

そこから約10時間半、あの狭くて窮屈なエコノミー席に縮こまって座っていたのだ。おまけに、前に座っていた韓国人のおばちゃんが容赦なく席を倒してきたので、ストレスが溜まってしょうがなかった。

イスタンブールに到着したのは日本時間の夜中の1時くらい。

そこから30分くらいだろうか。ホテルに手配してもらっていた車に乗り込んで、宿に到着。

「スイートにアップグレードしておいたよ」

と、スタッフが得意げに言った部屋に入ってまず頭に浮かんだことは

(え?なんかボロないか。これやと、インドで泊まった1泊3500円の宿の勝ちやぞ・・・)

だった。1万円の宿の割に、かなり年季が入っている。浴室の壁は剥がれ落ち、トイレットペーパーを巻き取ると、トイレットペーパーホルダーはバラバラになってガシャンと床に落ちた。ここのホテルなのか近隣のホテルなのかわからないが、夜中まで屋上レストランから大音量の音楽が聞こえてきて、寝られない。しまいには、トイレの水が流れなくなり、お手上げ。

このままでは体力を回復できないので、3泊した後、安心して寝られる4つ星ホテルに変わった。しかし、事件は起きた。

イスタンブールの滞在が最後の夜。

近くのバーでトルコワインを1杯飲んで、あぁ、宿を代わってよかったなぁと思いながら、ホテルに戻ってきた時のこと。

レセプションを通り過ぎて、エレベーターに乗ると、スタッフが追いかけてきて、私にこう言ったのだ。

「部屋番号は何番ですか」

「は!?」

私のことを金も払わずに泊まっているモグリだとでも思ったっていうの?

カードキーを見せながら、自分の顔がみるみるうちに恐ろしい形相になっていくのを感じた。

「そのような質問をされて、ものすごく不愉快です。あなたは私が不審者とでも思っているんですか」

「いいえ、そういうわけでは」

「これまでそんな質問されたことなんかありません。アジア人にだけ、そのよう質問をしているんですか?」

私は海外旅行中は服装にこだわらないので、この日もユニクロのシャツにジーンズという洗練されていない服装をしていた。他の西洋人の客に比べれば、服装も顔も安っぽいかもしれないが、人を見た目だけで判断するなんておかしい。

「違います。国籍関係なく確認しています。あなたのセキュリティのために」

「私のセキュリティのためですって?」

こんな調子で部屋に戻ったものだから、頭に血が上って、全く寝られなかった。

イスタンブール滞在中にいろんな人が親切にしてくれた。

問題があったにせよ、はじめに滞在した宿のスタッフは親切でフレンドリーだった。あるレストランでは食後にスイーツとチャイをオマケしてくれて、1人だったからなのか、なぜか会計も値引きしてくれた。

美しい景色をバックに携帯で自撮りをしようとしたけれどうまくいかず諦めた時に、私の様子を見ていたイギリス人女性がわざわざ写真を撮りましょうか。私も1人旅をよくするから、気持ちがわかりますよ、と、話しかけてくれた。

新聞を脇に抱えたおじいちゃんに道を聞くと、わざわざいろいろな人に聞きながら連れて行ってくれて、最後に携帯電話の翻訳機能でこう忠告してくれた。

「人を信用し過ぎないように。警察に聞きなさい」

そういった良い思い出が「部屋番号は何番ですか」という不躾な一言で、全て色褪せてしまった。

私はもともと外見で判断されることに、強い抵抗があった。

私が太っていた小中学生の頃に、母はよく

「せっかく可愛く産んでやったのに」

と無神経に言ったものだった。

外見が美しくなければ認めてくれなかった母親に対する怒りのようなものが、私の容姿を見て不審者扱いしたスタッフによって呼び起こされたのだろう。

そんなわけで、長距離フライトと時差ボケ、宿のトラブルのせいで、疲れは最高潮に達し、ブダペストに到着した頃には、

(あのイスタンブールの5日間は一体何だったんだろう・・)

という感じだった。何を見たのか記憶に残っていないのだ。

やれやれ・・・。